2022年10月03日(月) 「愚かな娘たちは、ともしびは持っていたが、油を用意しておかな かった」マタイ25:4
「愚かな娘たちは、ともしびは持っていたが、油を用意しておかな かった」マタイ25:4
十人の娘が出て来る。花嫁の側の娘たちで、花嫁の家に、花婿が到 着するのを待っていた。だが花婿は思いのほか遅れて、夜中になっ た。十人とも眠ってしまった。すると突然、花婿到着の知らせが来 た。五人は自分のともしびと一緒に予備の油を用意していた。とこ ろが五人は用意していなかった。 もう今にも火が消えそうで、油を分けてくれと頼んだ。だが分ける ほども無いので、店で買うようにと。急ぎ買いに走り、戻ると、も う花婿到着で、祝宴の戸が閉じられ、入れなかった。明暗がはっき り分かれてしまった。賢い五人と愚かな五人のどこが違ったのか。 どちらも、ともしびを持ち、どちらもウトウト眠っていた。 賢い五人は居眠りしなかったのではない。彼女たちも同じだった。 違いは「予備の油」を持っていたかどうかだった。花婿は再臨のキ リストであり、娘は私たち一人一人だ。油は聖霊で、その油は、上 げたり、もらったり出来るものではない。不可能なのだ。 何と冷たい、分けて上げれば良いのにと思ってしまうが、聖霊を分 け与える事など出来ない。大切な事は、今日の生活を天につなげた ものとして、いつか天に帰り、主にまみえる事を常に踏まえて生き る事だ。それはこの世にいる間、まず聖霊を求め、聖霊の導きを、 聖霊の満たしを求めて生きる事だ。 それは地道に日々主と交わり、主との関係を培い、深めて行く、そ れが油を準備しておく事だ。自分と主との個人的関係の事なので、 人に上げたり、もらったり不可能だ。今、主との個人的交わりはど うだろう。まずそこが土台なので、そこを大切にし、第一のものを 第一にして往こう。 -------------- 毎日、毎日、御霊の力によって励まされ歩もう。主は望むだけ聖霊 を分け与えてくださる。今しかできない事だ。大切な第一のものを 見誤らないよう、本当にふさわしいものを備えよう。