2014年03月01日(土)

「ああ、あなたは心のうちの真実を喜ばれます。それゆえ、私の心 の奥に知恵を教えてください」詩篇51:6 



ある人が習い事の中で、辛く当たられる相手がいた。挨拶をしても
無視され、悪口を言われ、中傷され、孤立させられていた。いじめ
を受けていた。帰宅すると、辛くて辛くて涙が出て仕方がない。し
かし、自分はクリスチャン、「相手を愛せますように」「〃」と祈
り続けた。

幾ら祈っても、状況も自分の気持ちも辛く苦しいばかりで、祈りが
全く答えられず、何も変わらなかった。こんなに苦しいのなら、辞
めたらよいのだが、自分の好きな習い事であり、良い指導者にも巡
り会え、辞めたくない。

涙が溢れる中で、祈っていると「愛せますように」などと自分は全
然思っていない事に気づかされた。本当の心は「愛したくない!」
「嫌でたまらない!」だった。それを押し殺して、きれい事の偽り
の祈りをしていた。本当の気持ちを告げて、ありのまま祈って行っ
た。

すると、いろんな状況に思いを巡らす中で、気づきを与えられた。
その習い事の技術に、特に秀でていた自分は、指導者からも、周囲
からも褒められ、目立ってしまう事に、相手が嫌で仕方無かったの
だと、思いが至った。

そうしか出来ない相手のことが思われた。別の見方ができた。そし
て気づくと、相手の祝福を祈っていた。心が平安になった。その後、
状況は変わらないが、心に余裕があって、平安があり、相手の言動、
態度が気にならなくなってしまった。正直な祈りが答えられること
を、知れた出来事だった。

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主の御前に心を注ぎ出し、建前でなく、きれい事でなく、正直な気
持ちを告げて行く時に、不思議だが自分が変えられて行くことを経
験する。心が平安にされる。神視点に立てて、別の見方ができるよ
うにされる。