2014年08月01日(金)

「また立って祈るとき、だれかに対して恨み事があったら、赦してやりなさい。そうすれば、天におられるあなたがたの父も、あなたがたの罪を赦してくださいます」マルコ11:23    



           
主は、私たちが信じて祈り求めるなら、素晴らしい約束を与えて下
さっている。「何でもすでに受けたと信じなさい。そうすれば、そ
のとおりになります」しかし、次に言葉が続いている。あなたに害
を与えた人を、赦しなさいと。赦す事が言われている。赦さない心
は、祈りをさえぎってしまう。

まず、神があなたを赦して下さったのだから、相手を赦しなさいと。
私たちは、しょっ中、失敗する。しかし神は豊かに赦し続けて下さ
る。罪を犯さないのではなく、弱さのゆえに犯してしまうが、赦さ
れて赦されて生きている。まず恨みや憎しみ、赦さない心があると、
祈れなくなってしまう。平安が無く、神と私たちの間に、へだたり
ができてしまう。

ある働き人が、御言葉の奉仕のために、神の御前に出て、切に祈り
求めた。しかし、幾ら祈っても語るべき言葉が与えられない。期日
は迫り、どうしても与えられず、夜を徹してでも祈ろうと覚悟を決
めた。主と交わる中で、ある人々の言葉に傷つき、反感、恨み、苦
々しい思いを持ち続けている事を示された。これが妨げになってい
る事がわかり、心から悔い改めて、その人々を赦した。その後、見
事に祈りが答えられた。

赦さない心は、祈りをさえぎってしまう。祈りの答えを受け取るた
めに、自らに隠れた恨み、赦さない心がないか、御霊に探って頂こ
う。妨げが除かれる時、心に平安と確信が来て、すでに受けたと信
じる事ができ、その通りの答えを得る。まず「赦せません。赦した
くないです」と主に正直に祈って行こう。導いて下さる。
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祈りは神様と深い人格の交わりの時だ。罪赦されて御前に出ていな
がら、赦せない思いは抱えたまま、というのは誠実な態度だろうか。
赦せない思いにまず正直になり赦せない思いを悔い改めて行きたい。