2019年06月01日(土)

「私の小さい娘が死にかけています。どうか、おいでくださって、 娘の上に御手を置いてやって・・娘が直って、助かるようにしてくだ さい」マルコ5:23


ヤイロの娘が危篤であった。一刻を争う状況の中、ヤイロは30キロ
ほどの道のりを急ぎやって来た。主の足もとにひれ伏して、来て娘
を癒して欲しいと懇願した。主は願いを聞かれ、出向こうとされる
と、突然長血の女性が割って入った。12年間長血を患い、心身の非
常な苦しみの上、財産も使い果たし、絶望状態の中にいた。

彼女が主の着物のふさに触ると一瞬にして出血が止まった。奇跡が
起きた。長血は汚れていて触る事も禁じられ、人前に出る事もでき
ない。彼女は密かにそのまま去りたかった。しかし主は彼女を取り
扱い、「安心して行きなさい」と救いを与え、身体だけでなく心の
癒しも与えられた。

しかしその間、ヤイロはどんなに心急いたことだろう。一刻を争う
状況だ。女性は12年間の持病、瀕死の娘の方が、先ではないのか。
そこに決定的知らせが入った。娘は亡くなったと。病気やけがなら
治る。金銭問題なら何とかなり、人間関係ならまだ修復できる。し
かし「死」は、何もかもを決定的に断ち切ってしまう、絶望的状況
だ。回復も修復も不可能だ。

しかしその現実を前に、主は「恐れないで、ただ信じていなさい。
娘は直る」と語られた。信じ委ねよと。その言葉の通りに、娘は生
き返らされた。私たちにも心痛む心配事、思い煩いが次々と襲いか
かる。しかし死をも打ち破る力ある主が「恐れないで、ただ信じな
さい」と言われる。「あなたがたは心を騒がしてはならない。神を
信じ、またわたしを信じなさい」と。

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「恐れないで、ただ信じていなさい」何と力強い言葉だろう。ヤイ
ロは、ただただ御言葉にすがりついただろう。今、目の前に様々な
問題、苦境があっても「恐れるな、信じていなさい」。主が最善を
して下さる。お委ねしていよう。