2019年10月02日(水)

「乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました」ピリピ4:11



満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道とも言われて
いる。真の満足は心から来るものであって、外側からのものではな
い。必要は与えられているのに、更に「あれが、これが欲しい」
「もっと欲しい」幾ら持っても、更に欲しい、これは「貪欲」だ。
貪欲は心の問題で、際限がない。持っても、持っても、更に欲しい。

それは所有すればするほど、心が囚われてしまう。これで良いとい
うところが無い。「満ち足りる心」は感謝することから来る。「す
べての事について感謝せよ」「あふれるばかりに感謝せよ」、これ
が秘訣だ。今、与えられているものを感謝して行く時、貪欲の罪か
ら守られる。そして競争心や妬みからも守られる。今、与えられて
いる境遇を感謝して行く時、妬みは無い。

不平不満、妬みは、無いものを数える事から来る。「あれが無い」
「これが無い」と不満で一杯になる。無いものを数えていないだろ
うか。主から与えられているものに目を留めよう。あふれるばかり
に感謝を献げよう。感謝する時、サタンも足場を失ってしまう。
パウロはどんな境遇であっても、満足する事を「学んだ」と言って
いる。

少しづつ〃様々な状況の中で、御霊に従いつつ学んで身につけて行
った。多大なストレスがあった事だろう。しかし主に従い、主の取
り扱いに身を委ねて行く中で、学ばされて身につけて行った。今の
境遇を感謝できるよう、助けを求めて祈ろう。
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新しい朝を向かえられた事も感謝だ。最善だけが昨日から送られて
いる。感謝して受け取ろう。無いものばかりに目が行く所から、ど
こにでも幸福を見い出す謙遜な心を持てるように祈りたい。