2002年10月03日(木) 「みことばを聞いても行わない人がいるなら、その人は自分の生まれつきの顔を鏡で見る人のようです」(ヤコブ1:23)
「みことばを聞いても行わない人がいるなら、その人は自分の生まれつきの顔を鏡で見る人のようです」(ヤコブ1:23)
私達の顔が汚れている時、手でいくら 触っても、その汚れはわからない。 では、どうすれば汚れがわかるか。鏡に 顔を映せば、すぐに汚れが見え、拭き取 る事ができる。同様に心の汚れはどうか 自分で考えてもわからない。鏡に自分の 心を映し出されると、すぐにわかる。 聖書がその鏡だ。御言葉によって自分の 汚れが初めてわかる。自分の動悸や偽り 欺瞞が御言葉に指し示される。矯正すべ き点、なすべき事を示される。 その鏡に移った自分の姿を見てもすぐに それを忘れてしまうなら愚かだ。 そのように、御言葉に自分の姿を示され ても、従わないなら、すぐにそれを忘れ てしまう。従うべき点は何かを祈り求め ながら、御言葉に向かうべきだ。 示された事に従う堅い決心を持って御声 を聞くなら、どんなに祝福だろう。 「みことばを実行する人になりなさい」