2023年11月01日(水) 「・・大麦のパンが五つから出て来たパン切れを、人々が食べたうえ、 なお余ったもので十二のかごがいっぱいになった。」ヨハネ6:13
「・・大麦のパンが五つから出て来たパン切れを、人々が食べたうえ、 なお余ったもので十二のかごがいっぱいになった。」ヨハネ6:13
主は、み言葉を聞きに集まった、大勢の人々のために、ピリポに 「どこからパンを買って来ようか」と問われた。しかしご自分で は、しようとしている事をご存じの上だった。ピリポは、手持ちの お金と人数を見て、「200デナリでは足りない」と答えた。人間 的、常識的判断では不可能であり、「足りません」が答えだった。 ところがアンデレは、何か食物を持っている者はいないかと、大勢 の中を探し回った。そして小さな弁当を持っている子どもを連れて 来た。それは五つのパンと二匹の魚であった。あるいは、もしかし て主が何かして下さると思ったのかも知れない。しかし、極少の弁 当が、こんなにも大勢では何になろう。主への期待と、だが大勢過 ぎて無理と。 しかし主はこの小さな信仰を用いて、この奇跡をされた。ここで学 ぶ事ができる。「足りない」との判断、答えは、自分を軸にした視 点に立っている。それを自分軸でなく、主を軸にした視点に変える 事が大事だ。自分には能力が足りない、時間が無い、費用も無い、 体力も無い・・だから出来ない。 それはあくまでも自分軸視点であって、主はどう思っておられるの か。又、5つのパンと2匹の魚、「何になりましょう」こんな小さ なものが何になろう、あっても無くても同じようなもの。「無 理」、しかし、その僅かなもの、小さなものを、主に献げるなら、 主は受け取って下さり、驚くべきみわざの中に入れて下さる。 --------------- どうせ無駄だとの思いはいつもつきまとう。この手にあるのは小さ なものでも、主は心のままに用いてくださる。自分軸から主に視点 を移し、主のご計画の前に信仰をもって手を上げよう。