2024年05月02日(木)

「神よ。私を探り、私の心を知ってください。私を調べ、私の思い 煩いを知ってください。私のうちに傷のついた道があるか、ないか を見て、私をとこしえの道に導いてください。」詩篇139:23



信仰生活の中で、よく経験するのが、状況を変えよう、人を、相手
を変えようとしてしまう事だ。何とか変えよう、何としてでも変え
ようと、不毛の戦いをしてしまう。そして力尽きてしまう。思うよ
うにならず、不満でいっぱいで、ストレスだらけの辛いだけの日々
になってしまう。経験あるだろうか。そして何も全く変わらない現
実を見る。状況は、主の御心なら変えられ、御心でなければ変わら
ない。

しかし自分自身は変える事ができる。ある人の子どもが不登校にな
り、最初は叱ったり、なだめすかしをしていたが、何も変わらなか
った。又、励まして、ちょっと背中を押してみたりもするが、押し
ても引いても、何をしてもだめだった。自分としても、出来るだけ
の事はしようと、担任と意思疎通を図り、役員の手助けもし、お母
さん方とも交流を持った。

数ケ月を経て、自分自身も時間と労力を使い、クタクタだが、しか
し状況は全く何も変わらなかった。空回りするばかりで、やがて心
身共に疲れ果ててしまった。もう疲へいし切り、主のもとへ行き、
何もかも洗いざらいを告げて祈った。主の御前に静まっていたその
時、心の奥底に、育児ができていないと見られるとの人の目、体
面、又、自分はこうしたい、自分はこうでなければとの強い思い、
頑強な自我を示された。

子どもの事ではなく、自分の事ではないか。涙ながらに悔い改め
た。そして主に自分も、子どもも明け渡した。その時に、心に平安
が満ちて、思い煩いが消えた。学校に行かなくても良いと思えた
中、子どもが登校し出した。
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苦しい中で主に祈っていると御霊に導かれ不思議に思いが正しい所
に治まる経験をする。主に出会うとき自分自身が変えられる。問題
は変わらなくても平安がくる。主に聞き、導きを受け取ろう。