2007年12月02日(日)

「そのために私は、高ぶることのないようにと、肉体に一つのとげを与えられました」Uコリント12:7

パウロは肉体に病、障がいを負ってい
た。とげが与えられていて、辛く苦し
いものであった。それが取り去られる
ように真剣に祈った。これさえ無けれ
ば、もっと主のためにスムーズに働け
るのにと。しかし、主の答えは「ノー」
だった。取り去らないと。それがある
方が、もっと神の栄光が現われると。
パウロは驚くべき奇跡を行った。病気
を癒し、悪霊を追い出し、ユテコとい
う青年を生き返らせた。人を癒したの
に、自分の病は癒されなかった。しか
し、パウロはそれを主の御心と受け入
れた。そして結果的に、取り除かれる
より遙かに大きな祝福と恵みに浴した。
その弱さの内にこそ、神の力が完全に
現わされ、キリストの力におおわれ、
神の臨在という恵みにあずかった。私
達も苦しみや悩みを受ける。理不尽な
事態もやって来る。私達にも「とげ」
は、形はそれぞれ違うが存在する。
そのとげがあるからこそ神の力を経験
する。そして、そのとげによりパウロ
は高慢にならないよう守られた。高慢
になれば主の働きが出来なくなるから
だ。パウロほどの人物だ。高慢の誘惑
は人一倍大きかったろう。第三の天ま
で見たのだ。私達も高慢は心の奥から
ムクムクと湧き上がり、自分でどうに
もできない。とげによって高慢から守
られる。与えられた「とげ」を受け入
れよう。そのとげはあなたを高慢から
守ってくれる。高慢から守られると
は、何という測り知れない恵みだろう。
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自分でへりくだってもそれも高慢であ
り、自分でどうにもできない。神にし
かできない。だからとげを与えて下さ
っている。高慢の恐ろしさを思う時、
とげが感謝に変わる。恵みに変わる。