2026年06月24日(水)

「この命令は、きよい心と正しい良心と偽りのない信仰から出て 来る愛を、目標としています。ある人たちはこの目当てを見失い、 わき道にそれて無益な議論に走り」Tテモテ1:5


ある時、集会後、青年数人で雑談していて、他愛ない事で議論にな
った。議論になると、どこまでも自分が正しいと主張するし、相手
に負けたくない。相手を打ち負かしたい。ヒートアップし、皆が主
張し、どうでも良い事なのに、険悪な嫌な雰囲気になってしまった。
そのまま帰宅するも、ザラザラした気持ちで、全く平安が無い。

そのため、主に、気持ちをありのまま告げて祈った。御言葉に向か
うと、「果てしのない空想話と系図とに心を奪われたりしないよう
に・・そのようなものは、論議を引き起こすだけで、信仰による神の
救いのご計画の実現をもたらすものではない」と、もうピッタリだ
った。議論になると平安が失せる。以前も何度も経験した事を思い
出した。

自分、自分になり、自分の正しさを通したい一心になる。相手を押
さえ込みたくなり、何が目的なのかが、わからなくなる。「自分の
言っていることも、強く主張していることについても理解していま
せん」の通りだ。ここから徒党や分裂が生じる。自己中心の肉に気
づかされた。一番大切なことも教えられた。

「信仰から出て来る愛を、目標としている」、愛など全く無い状態
だった。その事にも気づかされた。兄弟姉妹と交わっているのに、
愛から遠く離れていた。心から悔い改めて、教えられた事を電話し、
詫びて、分かち合った。他の人々も、帰宅して平安が無かったと。
主は、失敗を益として下さり、皆で主を新たに知れたこと、平安が
戻されたことを喜び、感謝した。
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頭でわかっていても、自分が損なわれそうになると平安を失い、生
まれつきの肉の自分が顕わになる。明確な目標が与えられている事
は感謝だ。見失わず、流されず、主の御心に従いたい。