2011年02月25日(金)

「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です」Tヨハネ5:14

「求めなさい。そうすれば与えられます」と神は、私たちに祈れと言われている。祈るなら、与えられて「あなたがたの喜びが満ち満ちたものとなる」と。神は求めを喜ばれ、求めに答えようと待っておられる。祈りは答えられる。ただ、あなたが願った、その通りにではないかも知れない。これをわきまえておく事は大切
だ。

祈りとは、自動販売機にお金を入れるなら、欲しいジュースが出てくるのではない。自販機ではない。又、祈り勝ちとばかりに、人よりも時間をかけて、ガンガン祈れば良いのではない。祈りの量をもって、神をねじ伏せるのではない。これなら御利益宗教と同じだ。自分中心に、神を利用して、自分の欲望、願望を満足させる手段となってしまう。

祈りはすべて神に聞かれている。どんな小さな祈りも聞かれている。しかし、願った通りの答えではないかも知れない。自分の願望を神に押しつけるのではなく、祈りを通して、正しく神の御心を知る事ができる。これこそが素晴らしい祝福だ。自分では最適の願いと思っても、神から見るなら、的がずれているかも知れない。又、求める動機が間違っているかも知れない。又、まだ時期尚早かも知れない。又、御心にかなった祈りだが、祈り続ける事の訓練かも知れない。

祈る中で、神の正しい御心を知って行き、祈りを修正して下さる。常に最善をして下さる主は、あなたの祈りを聞き、御心なら願い通りに答え、そうでなければ、軌道修正し、更に良きものを与えて下さる。
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祈りながらも神様から与えられる答えを本当に待っているだろうか。求めた祈りに与えられる答えは、私達が望むよりはるかに良いものだ。祈りの中で神様と交わり御心がなりますようにと祈れるようになりたい。