2016年01月28日(木)

「あなたの行く所どこにおいても主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる」箴言3:6




あなたの行く所「どこにおいても」と言っている。「この所」なら
「あの所」なら、とは言っていない。又、大きな事態、小さな事柄
とも言っていない。私たちはよく、信仰人生の中で、非常事態は主
のもとへ持って行くが、あとは自分でやって行ってしまう。自分の
悟りに頼って生きてしまう。

しかし、物事の大小は無く、すべてにおいて、主を認めよと言って
いる。すぐ自分で解決しようとしていないだろうか。そこで主に拠
り頼むなら、そうすれば道をまっすぐにして導いて下さる。物事が
うまく行かなかった時、失敗してしまった時、どうだろう。自分の
悟りに頼った結果ではなかったか。目の前の一つ〃を祈りによって
対応しよう。

それが喜びであろうと、悲しみ、苦しみであろうと「主を認めよ」。
主が目の前に置かれている事を認めよう。苦しい事、辛い事、理不
尽な事等は非常に受け入れ難いが、そこに主を認める時に、心が守
られる。困難な状況の中にも平安が与えられ、そしてその事態が導
かれて行く。

続けて「自分を知恵のある者と思うな」とあり、自分の判断は正し
い、自分は物事をよく見極められる、なすべき事をする事ができる
と自己過信するなと。絶えず主に拠り頼み、祈れと。そうするなら、
主は、目の前の一歩一歩を確かに導いて下さる。
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話す時、聞く時、また右に左にと多くの舵取りをしながら一日を生
きている。いつもの判断や対応は御心だろうか。迷いながらも祈ら
ずしていることの多さに気付く。