2019年12月28日(土)

「バビロンに七十年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あ なたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこの所に 帰らせる」エレミヤ29:10


バビロン捕囚は、ユダヤの民にとって国を追われ、捕らえられ、状
況を見るなら絶望のどん底だ。どんなに悲惨で、真っ暗な事だろう。
艱難、苦しみであり、混乱だった。しかし結果的に見れば、それは
御言葉通りに、平安を与える計画であり将来と希望のためのもので
あった。なぜなら、ユダヤの民は、捕囚の苦しい試練により悔い改
めて神に立ち返れたからだ。

厳しく辛い出来事であったが、信仰を回復する事ができた。預言通
り、その通りに70年後にエルサレムに帰還する事になる。神の大き
な奇跡が成就する。「あなたがたのために立てている計画」、バビ
ロン捕囚は不運で起きた事でなく、人による事でもなく、神の御手
による計画だと。

それも見えるところは、絶望と動揺、不安、混迷にかかわらず、将
来と平安と希望のための計画だと。縦糸と横糸が織りなされて、綺
麗な織物が出来上がるように、神は艱難の中で、苦しみの中で練り
込み、御霊と一つにして行って下さる。私たちにも、突如の試練が
降りかかる。ある日突然気がつくと、厳しい苦しい辛い事態の中に
いる。

しかし、信仰人生で起こる一つ一つの出来事は、偶然でなく不運な
のではなく、すべて神の綿密なるご計画だ。それは、私たちのため
であり、偶然でなく完璧なる神の配慮のもとで来たものだ。後に、
それこそが神の深い愛であることが必ずわかる。

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試練は苦しく、血が流れるように痛いが、だが、振り返る時、必ず、
主の山の上に備えありで、試練の中に備えがあった。そして時間の
経過が必要で、後になるとだが、パズルのように繋がって、教えよ
うとして下さった事がわかる。主を知り、深い豊かな霊的学びを得
る。