2026年01月28日(水)

「キリストは・・・人としての性質をもって現われ、自分を卑しく し、死にまで従い、十字架の死にまでも従われたのです」 ピリピ2:7



ある女性が、職場で難しい相手がいた。毎日顔を合わせ、ずっと一
緒に仕事をする相手で、何かと目についてしまう。ギクシャクした。
相手の言葉や態度に、傷ついてしまい、不信感や疑いに悩まされる。
嫌な気持ちになり、こちらも冷ややかな態度になってしまう。しか
し自分はクリスチャン、自己嫌悪にも陥る。そのため平安どころか、
心が辛くなる。

悩んで、悶々状態だ。主のもとへ行き、洗いざらい告げて祈った。
じっと主のもとにいると、むち打たれ、いばらの冠をかぶせられ、
十字架に釘付けにされている主が、心に迫った。自分の内の憎しみ、
恨み、怒り・・自分の罪が、主を十字架につけたのだと迫った。頭で
の理解であった御言葉や十字架の意味が、自分の事として迫った。
心からの悔い改めが与えられ、赦しを受け取れた。

心にすっ〜と安堵と平安が来た。「兄弟たちの告発者、日夜彼らを
私たちの神の御前で訴えている者」とも語られ、悪魔に何やかや吹
き込まれ、疑心暗鬼になっていた事も教えられた。相手に、自分の
態度で、嫌な思いをさせた事を詫びた。心のすみずみまで平安で満
たされ、湧き上がる喜びが来た。初めての経験だった。

自分を主に近づけるために、真の悔い改めを与えるために、この事
を送って下さったのだとわかった。信仰生活で様々な事が起きるが、
確かな事は、私たちを主に近づけるためだ。恵みを教えるためであ
り、痛い事柄があるが、必ず益とされる。成長させて下さる。
--------------
神は私たちのために完全なみわざを成してくださった。自分の感情
だけで状況を見てしまうとき、サタンもまた働いてくる。主の十字
架を仰ぎ、御心を選択しよう。