2026年05月28日(木) 「イエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて祝福を 求め、パンを裂き、人々に配るように・・人々はみな、食べて満腹し た」マルコ6:41
「イエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて祝福を 求め、パンを裂き、人々に配るように・・人々はみな、食べて満腹し た」マルコ6:41
主は奇跡をされる前に、弟子たちに、パンはどれぐらいあるか、見 て来るようにと言われた。弟子たちは、パン五つと魚が二匹ある事 を「確かめた」。みわざを見る前に。まず、現状がどのようである かを「確かめる」事は大切だ。主は、どんな中から、どのようにし て下さったのかが明らかになる。まず、自分のありのままを認める ように導かれる。 「〜ができません」「〜の弱さがあります」「〜を少し持っていま す」。能力や、持っているものが僅かでも問題無い。そのままを、 主のもとへ持って行く事ができる。ヨハネは「小さい」魚を二匹と 言っている。こんなもの何になろう、何の足しになろう、無いに等 しいと思える。 しかし「ほんの少しの〜がある」それをお献げしよう。主は「小さ い」ものを用いて、どんなに大きなみわざをされかに驚くばかりだ。 小さく、僅かだからこそ、逆に主の素晴らしい栄光が現われる。主 の御名が崇められる。それを自分が握っているなら、それで終わる。 パン五つと魚二匹のままだ。 だが主のもとに携えるなら、どんな小さなものでも、大きく祝福し て下さり、周囲の人々をも満腹させて下さる。家庭、学校、職場で、 あなたは用いられ、祝福の器とされる。「五つのパンと二匹の魚」 は、あなた自身だ。あなたの人生を用いて、あなたと周囲の人々を 豊かに祝福される。 -------------- もう少し強い信仰があればとか、こんな僅かなものをと、しまい込 むのは自力で何とかしようとする誤った考えではないだろうか。あ りのままを認めて、主の呼びかけに応えていきたい。