2005年06月27日(月) 「すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではない・・が、後になると、平安な義ものではない・・が、後になると、平安な義の実を結ばせます」(ヘブル12:11)
「すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではない・・が、後になると、平安な義ものではない・・が、後になると、平安な義の実を結ばせます」(ヘブル12:11)
ある男性が小さい頃に培われた信仰から離れ、 出世がすべて、いかに人の上に立つか、仕事 の野心で心が占領されていた。ところが、そ んな時に癌が発覚。真正面から死に向き合う 時が与えられ、今までいかに自分が間違った 生き方をして来たかに気づかされた。悔い改 めて神に立ち返り、優先順位を正し、家族を 顧みる事を始めた。癌切除に成功し、残され た人生を神と共に歩む事を決心した。神は愛 する子供を懲らしめられる。矯正のためだ。 放っておかれない事が愛だ。痛みや挫折を通 して、真の喜びと平安へと導き出される。 自らの欲望を遂げる歩みを放っておかれたら どうなる事だろう。愛する者を懲らしめられ る。幸いな軌道修正へと導いて下さる。 --------------- 私たちは成長しなければならない。そのまま、 とどまっていたいけれど、神さまは放っておか れないのは、その先にすばらしいご計画がある からだ。懲らしめによって学べることは感謝だ。