2006年10月28日(土)

「・・神のわざがこの人に現れるためです」ヨハネ9:3

弟子達は盲人について質問した。なぜ
盲目に生まれついたのかと。先祖の罪
か本人の罪かと。それに対して主は、
本人でも先祖の罪でもなく、神のわざ
が現れるためだと答えられた。私達は
試練の時、苦しみの時、すぐ「なぜ?」
「どうして?」と問う。どこまでも
「なぜ?」「なぜ?」と追求し、暗闇
の中に迷い込む。しかし、答えが見つ
からない。あなたにも経験あるだろう
か。試練の中で、率直に、正直に気持
ちを神に告げるのは良い事だ。疑問、
怒り、恐れ、嘆き、心からの叫びを神
に告げるべきだ。それが詩篇に記され
ている事だ。感情を抑圧するのでなく、
ダビデのように率直に神に告げよう。神
は受け止めて下さる。それは信仰だ。
なぜなら神を信じているから、感情を
吐き出すのであって、信じていない相
手に向かう事は決してないからだ。そ
して、次にこの苦しみは「何のため?」
と問いを変えるのだ。「なぜ?」でなく、
「何のため?」すると教えようとして
下さっている事が見えて来る。暗闇の
中に光が差し込んで来る。
・・・・・・・・・
「こんな事がなぜ?」でなく「この事
によって教えて下さりたい事は何?」
と問うて行こう。一つ一つの出来事
を通して主の心を学べる。そして、新
たに主を経験的に知って行く。主の愛
に触れる。