2009年10月01日(木)

「私たちは、いっさいの重荷とまとわりつく罪とを捨てて・・競争を忍耐をもって走り続けようではありませんか」ヘブル12:1



競走をするのに、足もとに、ずっしり重い荷とまとわりつくものがあれば、どうだろう。足にからみついて前にすら進めない。競争どころではない。前進しようとすると、からまりついて進めない。前進を阻止する、執拗にまとわりついて来る罪は何だ
ろう。

金持ちの青年は、まさに主のもとに来ながら、からみつく富の誘惑、富の偶像を捨てられないで、富でなく主を捨て去ってしまった。地位と権力を持つダビデには、強い異性への誘惑が常に執拗にからみついて来た。その罪をきっぱり捨てなければ、逆に罪のとりこになり、罪に飲み込まれてしまう。罪はあなたを縛ってしまい、心が神に向かずに、神から離してしまう。

常に襲う誘惑は何だろう。罪はきっぱり捨て去る事、悔い改める事が大切だ。でないと、まとわりついて前進不可能だ。重荷があるだろうか。
未信者の親族からの反対、職場や学校での信仰ゆえの辛い思い、又、様々な責任が重荷となってかぶさる。それを重荷としては「捨て」、主からのくびきとして、新たに受け取ることだ。

その時、主が負って下さる。辛い苦しい重い荷ではなく、主のくびきだ。それは、負いやすく軽い。しっかり負うなら平安で心地良い。主のもとに重荷を下ろす時、平安に心が癒される。あなたにからみつくものは何だろう。
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前進を阻んでいるものは何だろう。罪の誘惑やくじけそうな恐怖感だろうか。私達が進もうとする時、主は放っておかれず必ず共に戦って下さる。主を信じ、からみつくものを主のもとに持って行こう。