2016年10月01日(土)

「たとい法令にそむいても私は王のところへまいります。私は、死 ななければならないのでしたら、死にます」エステル4:16


エステルは、両親と死別し、おじのモルデカイに引き取られた。そ
のエステルが、ワシュテイの代わりに王妃と選ばれた。そんな時、
ハマンは、うまく王に取り入り、ユダヤ民族根絶やし計画が実行に
移された。ハマンの悪巧みであった。モルデカイは、このユダヤ人
の非常事態に際し、王にあわれみを求めるよう、エステルに告げた。

エステルは、召されずに王のもとに行く者は死刑であり、自分は王
のもとには召されていないと答えた。しかし、「この王国に来たの
は、もしかすると、この時のため」とのモルデカイの言葉により、
エステルは、3日3晩の断食の祈りを要請し「私は、死ななければ
ならないのでしたら、死にます」と命をかけて、王にユダヤ民族の
救いを求めた。

それは王に聞き入れられ、ユダヤ民族は絶滅から救われた。エステ
ルがこの時期に王妃にされたのも、この危機の備えでは。これは王
妃であるエステルにしか出来ない事であり、その地位と立場も、神
の配剤だ。私達も皆、それぞれの場がどのようであれ、神の摂理で
あり、ご計画のもとにいる。

今、困難な現実であっても、神の御心があり、ご計画がある。そこ
であなたの使命がある。エステルは自分自身を神に明け渡した。委
ねた。危急の状況の中で、私たちは解決策を探し回る。しかし、方
法でなく、全く明け渡した人を通して、神がご自身のみわざをされ、
栄光を現される。神に委ねる時、用いて下さる。

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私たちは一人一人、境遇も、背景も、現在の立ち位置も、何もかも
が違う。しかし、すべては主のご計画の中にあり、今いる場、境遇、
は主からのものだ。今の境遇で、主を認め、主を見上げ、従って行
く時に御霊の喜びと平安が与えられ、主のわざを見て行く。