2006年07月01日(土)

「主はその御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださるのです」U歴代16:9

ダビデは主から、主の心にかなう者、
主と一つなる者と言われていた。
しかし、そのダビデは完璧だっただ
ろうか。そうではない。彼はバテシ
バとの姦淫、更にその隠蔽のためウ
リヤ殺害という大罪を犯していた。
それがどう一つだったのか。
ダビデの素晴らしいところは、自ら
の罪を示される度に、神の前に、罪
を認めて悔い改めた事だった。ゆえ
に、主と一つである事は、完璧に主
の御心に従い、決して罪を犯さない
という事ではない。弱さゆえに、主
の御心を痛め、罪を犯してしまう事
がある。しかし、御霊はその罪を指
し示され悔い改めに導かれる。
その時に、心を頑なにせず、突っ張
らず、逃げずに、神と自分に正面か
ら向き合い、心砕かれて罪を認め、
悔い改める事だ。完全な赦しがすで
に備えられている。そして、それが
主と一つである事だと言われる。
今日、御声を聞くならば、心を頑な
にしてはならない。
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罪を犯したとしても神様と全く一つ
になり得るという事、感謝だ。
自らを罪を犯すしかない者と覚え、
いつも隠さず、主に頼りつつ主と共
に歩もう。