2026年05月08日(金)

「与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りを よくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふとこ ろに入れてくれるでしょう」ルカ6:38



ハドソン・テーラーのよく知られた証しだ。彼は、医師の助手をし
ていた。その医師は、給料をよく渡し忘れるので、その時は言うよ
うにと。それに対し、彼は、その時には、言わずに祈り、主から直
接答えを頂く、信仰の訓練としたいと考えた。

すると、やはりその月、医師は給料の支払いを忘れた。彼は、告げ
ずに祈った。黙ったまま、祈り続けていた。段々食料も減り、底が
ついて来た。そして、とうとう残りが銀貨1つになった。丁度その時
に、貧しい子どもが来た。母親が病気で困っている。手元には銀貨
1つだ。2つあれば、喜んで1つあげるのだが、1つしか無いので、
あげられなかった。

その夜、祈り始めたが「偽善者」との思いが来る。「祈りよりも、
それを与えるべきだ」と。出来ない自分に、神のみに頼る信仰など
無いと知り、惨めになった。しかし結局、子どもに最後の銀貨を上
げて、財布は空になった。だが心はすっきりし、晴れやかになり、
平安で満ちた。その日の夕飯は残り物を食べ、だが翌朝からは、も
う何も残っていなかった。主に拠りすがり、祈り続けた。

すると朝に郵便が来た。封筒を開くと、何と彼が与えたお金の数倍
が入っていた。そのお金が無くなる頃、医師が給料の事を思い出し
てくれた。神は真実であり、生きて働いておられる。「彼らはあな
たに信頼し、彼らは恥を見ませんでした」「正しい者が見捨てられ
たり、その子孫が食べ物を請うのを見たことがない」。主の真実を
見せられる。
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豊かにあれば与えられるものをと、なかなか与えられない者だが、
従う度に、自分自身が主に惜しみなく愛されていることを知らされ
る。与える思いを主は祝福してくださる。