2026年09月24日(木) 「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。 私はそれであなたのおきてを学びました」詩篇119:71
「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。 私はそれであなたのおきてを学びました」詩篇119:71
「苦しい時の神頼み、楽しい時の神離れ」と言われるが、 すべてが順調で、順風満帆の時に、神に思いを向けるこ とは難しい。自分の人生が快適で、楽しく、うまく行っ ている時には、それで心が満たされて、神を求めない。 又、心地良く、楽しい人生を神にゆだねることはない。 ある人が、福音を語られたが、「良いものだとはわかる が、今、とても充実していて、楽しくて、やりがいのあ る日々だ。お腹がいっぱいなので、入らない」と。「お 腹がいっぱいの時に、幾ら豪華な料理をを出されても、 食べられない」と。 主はすべてご存じで、ある時に、逆風を送られる。何も かもうまく行かず、行き詰まる。どうにもならず、苦し く辛いばかりだ。その時に、主の助けを求める。主に目 を向けさせるために、試練を送られる。人間の肉は頑強 なため、試練により、主を求めさせられる。 「さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜 びと思いなさい」霊的成長が与えられるから、喜べと。 「主のその愛する者を懲らしめ」「もし、懲らしめを受 けていないとすれば、私生児子であって、ほんとうの子 ではない」痛くて、辛いが良いものだ。「 人が、若い時に、くびきを負うのは良い」。肉が、いか に強いかを学ぶ。今、取り扱いの中にあるなら、私生児 ではなく、本当の子である証拠だ。後の日に、苦しみに 会ったことは良かったと、必ず言えるようにして下さる。 主を信じていよう。 ------------------ 試練や問題はできるだけ回避したいが、逆風の中だから こそ、主の慰めやご配慮の一つ一つを大切に受け取る。 主の取り扱いは、主を知るための大きな祝福だった。