2010年05月27日(木)

「やめよ。わたしこそ神であることを知れ」詩編46:10



世の中は凄まじい。次々と事件が起こり、ついこの間のニュースはどこへやら、日々目まぐるしい。止まる事なく、溢れるばかりの情報が行き交い、飲み込まれてしまいそうだ。凄まじい勢力にどんどん流されてしまう。このような中で、主の御前に静まるという事は非常に重要だ。

余りにも忙し過ぎるなら、ちょっと手を止めよう。一旦立ち止まって、ただ御前に静まろう。ある人が余りの多忙の日々に、心身疲れ果て、休暇を取り休息を取った。主の御前に静まろうと御前に出た。当たりは誰もおらず静寂。しかし、いざ祈ろうとすると、外部は静かなのに、思いがぐるぐると渦巻いた。

思いの声が次から次へと湧き上がり、やかましい。あなたも経験あるだろう。サタンの火矢に肉がどんどん反応する。ああだ、こうだと、思いは目まぐるしく駆け巡る。聖書を読んでも、字ずらを追うだけで頭は雑念が駆け巡る。静まる事ができない自分を発見する。

働く事の方が簡単であり、自分の力で幾らでも動ける。神を頼る事を忘れて、神を無視して動き回るゆえだ。だからこそ立ち止まりが必要で、主に助けを求めて静まろう。そんな時は、数分でも良いから主に心を集中してみよう。その心を見て主は助けて下さる。主は御声をかけ、あなたの今気がかりなその事に示唆を下さる。
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静まろう。心が立ち騒ぎ、ざらざらになった時「やめよ、」の声を聞かないだろうか。立ち止り静まり神様のもとに座ろう。神様が渇いた心を御心にそう道に導き返して下さる。