2013年07月27日(土)

「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを 聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信で す」Tヨハネ5:14



ある女性が、身体の事で、医師から甘い物を制限されていた。ス
ウィーツの店を前方に見た時に、こんな祈りをした。「主よ、ケー
キを買う事が御心でしたら、駐車場が空いていますように。御心で
なければ空いていませんように」店に来ると駐車場が空いていた。

笑い話のようだが、これに似たような事を私達もしていないだろう
か。自分の思いがあり、プランがしっかり決まっていて、主よ、御
心示したまえと祈る。しかし心ではすでに答えは決まっている。定
まっているなら、無意識にそれに反する御言葉は排除する。

わかってするなら、とがめが来るが、無意識にするので自分でも気
づかない。自分に都合の良い御言葉を自分で取ってしまう。間違っ
た方向に進まないためには、自分の願いを一旦、主に明け渡す事だ。
その意味は、御心なら成し遂げて下さい、御心で無ければ閉ざして
貰って構いませんということになる。

主のもとに置く時、それが真に主からのものであれば、返って来る
し、そうで無ければ戻らない。そしてその方が良い。もし、主から
のものであれば、揺るがない平安と共に返って来る。確信を与えら
れて前進して行ける。

私たちの祈りは、「私は・・」「私の・・」「私、私」だろうか。発想
を転換して「主は」私に何を願い、何を求めておられるのか、それ
こそ御心にかなった主の喜ばれる祈りだ。その祈りは必ず聞かれる。

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主は、私に何を求めておられ、何を喜ばれるのだろう。主の望まれ
ることを祈り求める時、その祈りは御心にかなっているので、答え
られる。主が、私に、求めておられることは何ですかと、祈ってみ
よう。