2014年01月27日(月)

「・・それがあなたに何のかかわりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい」ヨハネ21:22 


私たちはどうだろう。どうしても人の目が気になり、他人の評価が気になる。心の底に人に認められたい、評価されたい、受け入れて欲しい、愛されたい、との強い願望があるからだ。「人の望むもの愛である」とある通り、私たちは生まれつき人の愛が欲しい。

アダムとエバが罪を犯し、罪により神との関係が断たれてしまった。そのため、人は人の愛を求めるようになった。これは普段、認識していないだけで、自分が思っている以上に強い。だから人目を気にし、人から良い人と思われたい。愛されたいからだ。これが高じて行くと、嫌われたくないので、人の顔色ばかりを気にし、「ノー」が言えなくなる。心は「ノー」なのに「イエス」の行動をする。人に嫌われたくないからだ。

建前で生きると、生き生きと御霊の自由の中で、自分らしく生きる事ができない。対人関係で、なぜ傷つくのかと心を探ると、人に認められたい、評価されたい、人からの賞賛が欲しい、そこに触れるから傷つく事になる。しかし自分の判定を他人にさせてはならない。人に自分の事を決めてもらうのは間違っている。

心が傷つく時に、それはどこから来ているのか考えてみよう。人に深く依存している事が原因かも知れない。人ではなく、主にしっかり拠り頼もう。そして横ではなく、上を見上げ、主に従って行こう。ここに失望は決して無く、真の喜びと満たしがある。
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人を正しく評価されるのは主だけだ。人が人を正しく評価する事など不可能に近い。人の評価が気になり心が騒ぐ時、上を見上げ主に忠実に歩んでいるかに立ちたい。