2002年05月27日(月) 『イスラエル人もまた大声で泣いて、言った。「ああ、肉が食べたい。エジプトでただで魚を食べていた・・だが今や、何もなくて、このマナを見るだけだ」(民数記11:4)
『イスラエル人もまた大声で泣いて、言った。「ああ、肉が食べたい。エジプトでただで魚を食べていた・・だが今や、何もなくて、このマナを見るだけだ」(民数記11:4)
ある家族は美しい景色を求めて、保養地に 居を構えた。そこは最高の場所だった。 自然が豊かで、山々は季節毎に変化を見せ、 黄金色に輝く紅葉、真っ白に積もる雪、その 素晴らしさを堪能した。しかし、毎日の日常 が続くと、いつの間にか最善の景色も目に入 らなくなった。見慣れた景色となり感動も失 せて行った。イスラエルも同様だった。 エジプトを出て荒野に入ったとき、食料が尽 きた。その時に、神が天からマナを降らせて 下さった。民は最初この奇跡に喜び心から感 謝した。 しかし、しばらくすると、飽きてしまった。 最初は感動と驚きに満ちたものが、だんだん 慣れると無感動になるのだ。私達はどうだろう 日々豊に注がれる神の恵みに、なんの感動も無 くなっていないだろうか。当然になっていない だろうか。日毎の神の恵みを数え感謝する事を 決して忘れてはならない。 感謝が無くなると不平不満。