2020年03月27日(金)

「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」伝道3:11



神には偶然は無く、すべての事に、定められた神の時がある。神の
ご意志があり、すべてが量られて、ご計画のもとに、事が行なわれ
ている。振り返ると、信仰人生で、神の時を逸してしまう事があっ
たかも知れない。神の機会をとらえる事ができず、失敗してしまっ
たり、また逆に、神の時を待てないで、自分で動いてしまい、時期
尚早のため、実を結べなかったりする。

そして時と機会を捕らえた時に、素晴らしいみわざを見る。ある人
が証しした。教会で会堂建設のためにずっと祈りを積んでいた。そ
んな中、ある年に、景気の加減で土地の値段がぐっと下がった。こ
れぞ主の導き、今こそ、「神の時」だと思えた。こんな好機はめっ
たにない。すぐに購入しないと、売れてしまう、再度、値段が上が
るかも知れない。

早く、一刻も早くと焦る。しかしながら、牧師は、がんとして動か
なかった。この機会を逃してどうすると焦るが、土地の値段でなく、
教会内の一致の方が大事だと。機が熟すために、もっと時が必要だ
と判断していた。そしてやがて神の時が来て、価格的には遙かに高
い買物になったが、十分な満たしが与えられ、神の栄光を拝したと。

又、別の教会では、同じく祈りを積む中で、突然目の前にふさわし
い土地が与えられ、今が時と、即刻に決断するよう導かれた。私た
ちも信仰人生の中で、すべてに時があった事を見い出すのではない
だろうか。何事にも主の定められた時があり、時を見分けられるよ
うに、祈っていよう。
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神の時は美しい。長く叶わなかった祈りも時を得ると鮮明に神の栄
光だけが現われる。心から私の時は御手の中と感謝するのみだ。神
の時を待ち望みまた悟れるよう祈ろう。