2021年06月26日(土)

「わたしはもう怒らない。もしも、いばらとおどろがわたしと戦え ば、わたしはそれを踏みつぶし、それをみな焼き払う」イザヤ27:4


ある人が職場で、上司から批判され、ガミガミ言われた。それが理
不尽で、なぜそんな事を言われるのか。全く納得が行かず、ひどく
傷ついた。更に、人の面前でもあり、プライドも傷つき、怒りが湧
いた。しかし赦せない思いは、相手でなく自分が苦しいばかりだ。
心に鉛があるように重く、悶々状態だ。

そんな状態で、しばらく後に、部署替えがあった。その上司とは、
会う事も全く無くなった。だが目の前にいなくなっても、憎しみは
消えず、辛くてたまらない。それなら赦せば良いのに、赦せない。
多忙な時は紛れているが、色々な瞬間に、ふとよみがえり、心に影
を落とす。楽しい時も楽しくなく、囚われの身だった。

辛くて、追いやられるように、主の前に行き、ありのままを打ち明
けた。苦しい事、赦せない事、しかし、自由になりたい事・・、葛藤
があったが、このままではいたくない。そんな時、もし主のとりで
に頼りたければ、「わたしと和を結べ」と。和を、主と結ぶように
と。この事は、相手ではなく、主と自分の関係の事だと知らされた。

それで赦す事を決意した。主と正しい関係でいたいからだ。「赦し
ます、助けて下さい」と、主に意志を向けた。すると、不思議が起
こり、心の重苦しさが消えて、楽になった。不思議だった。嬉しく
て感謝でならなかった。赦さない心は、相手との間でなく、主との
間に隔たりをつくっていた事に気づかされた。

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結局、状況や人でなく、主と自分の個人的な関係が問題だと言われ
ている。平安が無いのは、状況ではなく、主との関係による。そこ
でよく間違ってしまうが、どんなに苦しい状況でも、主との関係が
正しければ、心の底に不思議な平安、揺るぐ事のない平安を経験す
る。