2022年05月27日(金)

「しかし、賢い娘たちは答えて言った『いいえ、あなたがたに分け てあげるにはとうてい足りません。それよりも店に行って、自分の をお買いなさい』」マタイ25:9



花嫁の10人の友人たちが、ともしびを持って花婿を迎える準備をし
ていた。ところが花婿が来るのが遅れたので、皆、居眠りをした。
その時に突然花婿の到来が告げられた。皆起きて、ともしびを整え
ようとしたが、5人は予備の油を持ち、5人は持たなかった。

持たない者たちは、灯が消えてしまうので、油を分けてくれるよう
頼むが、分けて上げるほどは無いので、店に行って買うように言わ
れた。しかしその間に花婿が到着し、予備油を持っていた5人の娘
たちだけが入り、婚宴の戸は閉じられた。

ここでは居眠りは問題でない。賢い5人も愚かな5人もどちらも居
眠りした。ともしびも、どちらも持っていた。何が問題なのか。異
なる点は、予備の油を用意したか、していないかだ。その予備の油
は、人に貸し借り出来ないものだった。

「分けて上げられない」とは、一見冷たいように感じるが、分ける
事が不可能なのだ。油を用意するとは、御霊に導かれた生活を、主
との交わりを、地道に日々重ねて行くことだ。御言葉に耳を傾け、
従って行く事だ。一日一日を通して主との関係を積み重ね、信仰
を、
信頼を、培われて行くことだ。

それはどこまでも主と自分との個人的な関係なので、誰かに取って
代わる事など、したくても出来ない。主の再臨まで、油を豊かに備
えること、地道な主との交わりにより、主との信頼関係を築き深め
て行くことだ。それが主をお迎えする準備を整える事であり、賢い
娘だ。
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誠実に主と共に歩んでいこう。主との交わりを通し与えられた信仰
は主が豊かに育ててくださる。日々、備えられている恵みに感謝し
主を賛美しつつ主が来られる時を待ち望もう。