2025年07月27日(日) 「イエスは、人々が自分を王とするために、むりやりに連れて 行こうとしているのを知って、ただひとり、また山に退かれた」 ヨハネ6:15
「イエスは、人々が自分を王とするために、むりやりに連れて 行こうとしているのを知って、ただひとり、また山に退かれた」 ヨハネ6:15
主が、五つのパンと二匹の魚で奇跡をされ、大勢の群衆を満 腹させられた。その奇跡を見て、皆が大歓声で主をかつぎ上 げ、王にと、連れて行こうとした。その時、主は一人、山に退か れた。人々は満腹した時に「この方こそ世に来られるはずの 預言者」と言ったが、主はその心をご存じだった。主を信じ、主 に従おうと願ったのではない。 主について行けば、食物がもらえる。生活の心配なく、良い暮 らしができる、利得のためだった。私たちも自己充足、自己実 現のために、従っているだろうか。何のために、主に従ってい るのだろう。利得だろうか。主は満腹を下さる。自分の願いが 叶えられ、自分の欲望が満たされる。 しかしそうなら、自分の願望が叶えられず、思い通りにならな いなら、主を離れる。ついて行く意味が無いからだ。自分を中 心に考えるなら、必ずそうなる。主は必要を与えて下さる。しか し、私たちの思い通りに動かれるのではない。人々が主を「む りやりに連れて行こう」とした時に、主は退かれた。 私たちはどうだろう。今、自分の願望を、何が何でも通そうと、 つまり、むりやり主を連れて行こうとしているだろうか。そうでな く、自分の思いの方を明け渡して、主のみ思いに耳を傾けよう。 そして示された主のみこころに従おう。そうできるよう祈ろう。そ れこそが、何にも代えられない、御霊の喜びと平安にあずかっ て行ける。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 物ではなく、目に見えない利得を求めて、従っているだろうか。 気づけなかったりする。主の愛ゆえ、様々起きる出来事の中で、 取り扱い、主に従う動機を照らして下さる。きよめて、軌道修正 し、御心へと導いて下さる。