2025年12月27日(土)

「主がバラムの目のおおいを除かれたので、彼は主の使 いが抜き身の剣を手に持って道に立ちふさがっているの を見た。彼はひざまずき、伏し拝んだ」民数記22:31


預言者バラムが、モアブ王バラクから、イスラエルの民を
呪うように頼まれた。バラク王は、バラムに使者を送る。バ
ラムは、主に御心を求めると、「呪うな、行くな」と示されて、
その頼みを断った。ところがバラクは再度、今度は大勢の、
位の高いつかさ達を遣わし、多くの金銀を提供すると言った。

バラムは、金銀の満ちたバラクの家をもらっても、主の言
葉にそむく事はできないと答えた。しかし、バラムは心では、
金銀の満ちたバラクの家を欲っした。そのため、すでに主
から、「ノー」と示されたにもかかわらず、「主が何かほかの
ことをお告げになるか、確かめ」てみると言う。バラムは口
では、「ノー」だが、心は「イエス」だった。そして自分の心は
決まっていた。

主の「彼らと共に行け。しかし、わたしが告げることだけを
行なえ」との指示に従って、出かけた。すると途上で、突然、
剣を持った主の使いが現われ、バラムの行く手に立ちふさ
がった。ろばは、よけたのだが、バラムは、ろばを打った。
抗議するろばと、言い争っていると、主がバラムの目を開
かれた。すると剣を持つ主の使いが見えた。主が「敵対し
て出て来たのはわたしだ」と、反対方向へ向かっているか
らだと。

バラムは、主の言葉に忠実ではなかった。私たちも、主の
御心にそれている時、主がたちふさがり、道をふさがれる。
正しい道に戻すためだ。今、もし道がふさがれていたら、立
ちはだかれているのは、主だ。反対方向に向いているから
だと。それは主の愛であり、主の計らいだ。方向を軌道修
正しよう。

・・・・・・・・・・・・・・・
これまでを振り返っても、自分が、進もうとした道が閉ざされ
た事を何度も経験する。後の日に、それは御心の道でなく
反対方向であった事がわかる。閉ざされるのは、真の御心
へと導かれる主の愛だ。