2026年04月26日(日) 「イエスは、『来なさい。』と言われた。そこで、ペテロは舟から 出て、水の上を歩いてイエスのほうに行った」マタイ14:29
「イエスは、『来なさい。』と言われた。そこで、ペテロは舟から 出て、水の上を歩いてイエスのほうに行った」マタイ14:29
嵐の中、湖の上を歩いて来られた主に、ペテロが、主のもとに 行きたいと願った。主の言葉があれば、水の上を歩けると信 じた。主は「来なさい」と。ペテロは、一歩を踏み出した時に、 湖の上を歩いた。まだ嵐の最中だ。まっすぐに主イエスだけを 見て、御言葉に立った。 ところが風を見て、主から目を離した途端に、ブクブクと沈みか けた。これは、状況は全く同じだ。どちらも湖の上だ。そこで何 を見ているかで、歩けたり、沈んだりする。主を見ていると、歩 くことができ、風を見ると沈む。私たちも同様だ。どんな厳しい 状況の中も、主を見ていると、祈りとなり、なすべき事を一つ 一つと示される。それに従うと、又、次へと展開し、御心の先へ と導かれる。 例えば、川の浅瀬に石や岩がある。その石に足を置くと、次 の石があり、次々と進んで行くと、川の向こうに側に渡れる。 解決へと導かれる。主から目を離し、状況を見て、自分を見る なら、その困難はとても負いきれない。思い煩い、不安、恐れ に飲み込まれる。御言葉も飛んでしまう。そんな時、「主よ。 助けてください」と叫ぶことができる。 すぐにつかんで救って下さる。ペテロは沈みかけたが、しかし 水の上を歩いたのは、後にも先にも、ペテロ一人だけだ。瞬間 の主の助けも経験した。主は、「来なさい」と招かれる。安穏と 過ごし、楽な所にいたいが、新しい前進を示される。今、「来な さい」との御声が、かかっているだろうか。新しい一歩を踏み出 そう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 主が「来なさい」と御声をかけて下さるとは、何と嬉しいこと だろう。主から御声がかかれば、主のもとへ行けるように。 目の前に示されている、御心に従えるように祈ろう。