2025年08月25日(月)

「あなたの真理のうちに私を導き、私を教えてください。あなたこ そ、私の救いの神、私は、あなたを一日中待ち望んでいるので す」詩篇25:5



ある人に子どもが生まれたが、障がいと難病が発覚した。もう
パニックで、涙、涙で「なぜ?」「私に?」「受け止められない」
「どうしてよいかわからない」の悶々の日々だった。主に叫び祈
った。祈りにより、時を経る中で、少しづつ現実を受け止めら
れるようになった。主の働きだった。

そして、子どもとの関わりで、自分の方が励まされ、力づけられ、
喜びが与えられている事に気づかされた。「不幸」「かわいそう」が、
世の価値観だ。だが、主からどんなに愛され、慈しまれているか
を感じつつ、状況ではなく、主がどう見ておられるかに、目が向い
た。

この世では不自由で、実際、様々な苦しみや辛さ、悲しみがある。
しかし主は公平な方、総決算は天にあり、その永遠に目を向けて、
今を生きるように導かれて行った。主に間違いはなく、特別なご計
画があると、受け入れて行けた。そうできた事は、自分の力でなく、
主の恵みであり、みわざだった。

私たちもどうだろう。進路の選択にも、一つ〃の指針、導きを与え
られ、後に振り返ると、良かったのだと、確信と平安を与えられる。
思い煩う必要が無かったのだと、何度も経験させられ、今回も、守
り導いて下さると、信じる事ができる。何より自分自身が主に愛され
ている事、絶えず目を留めて下さり、成長させて下さっている事に気
づける。喜びが与えられ、感謝があふれる。

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様々な事が起きて、時には厳しい試練がある。又、人生で、進路の
導きを、切に求める時がある。切に主を求め、導きを求めて歩む時に、
時に、自分の思い通りではない。自分の思いと大きく異なる事がある。
しかし、振り返って、良かったと思える。そこに後悔が無い。