2026年05月07日(木)

「エルサレムからバビロンへわたしが引いて行かせたすべての捕囚 の民に。家を建てて住みつき、畑を作って、その実を食べよ」 エレミヤ29:4


エレミヤの時代、イスラエルの国はアッシリヤに滅ぼされ、捕虜と
して連行された。しかしそのアッシリヤはバビロンに滅ぼされた。
バビロンは侵攻し、国々を滅ぼし、とうとうユダ王国もバビロンに
捕囚となった。当時のユダは神から離れ、民は偶像礼拝に陥り、堕
落していた。預言者たちは、人々に耳ざわりの良い、心地良い言葉
だけを語り、平安が無いのに、「平安、平安」と言っていた。

だが神の人であるエレミヤは真っ直ぐに、そのまま神の言葉を語っ
た。そのため迫害され苦しめられた。バビロン捕囚まっだだ中の、
暗闇の中で、エレミヤは神の言葉を告げた。その捕囚は、「災い」
としか見えないが、災いではなく「平安・将来・希望」のためのも
のだと。すぐに解放にならないので、その地で落ち着いて、腰を据
えて生活せよと。

そして敵であるその町の繁栄を祈れと。それは自分達の繁栄になる
からと。私たちも苦悩の時、一番欲しい言葉は、即、問題解決、苦
難からの解放だ。しかし口先だけの慰めは、更に傷を深くする。思
い通りでない、かせのような現状を受け入れるなら、その中で神か
らの力、支え、励ましにより歩めると。

現実を受け入れる事が大切だ。いつまでもそのままではなく、「70
年の満ちる頃・・あなたがたを帰らせる」。現状の中で主に従うなら、
そこに「平安」が約束されている。そして神の時に、そこから解放
して下さる。
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困難な場所からの即、解放を祈るが、暗闇の場所にも主の御約束が
与えられる事は感謝だ。示されたなら、この場で主の守りを信じ、
平安を得たい。その時を待ち望もう。