2025年09月11日(木)

「・・夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。でもおことば どおり、網をおろしてみましょう」ルカ5:5




その日ペテロは、徹夜で漁をし、一匹も捕れなかった。翌朝、疲れ
切った身体で、網を洗っていた。大勢の群衆が主の言葉を聞いてい
たが、ペテロは、背を向けて聞いていなかった。すると主がペテロ
の舟に乗られ、少し漕ぎ出すよう頼まれた。先生の頼みであり、ペ
テロは舟を出した。

主は、舟の中から、岸の群衆に向かい御言葉を話された。終わると
「深みに漕ぎ出して、網を下ろして魚をとりなさい」と言われた。
ペテロは「え?」と思い、「でも先生。夜通し働いたが一匹もとれ
なかった」と。漁は重労働であり、もうクタクタで、早く帰宅して
休みたい。

又、再度、網を洗うのは、骨の折れる事だ。それに、何より朝方に
魚はいない。だがペテロは「でもおことばどおり、網をおろしてみ
ましょう」と網を下ろした。直前に舟の中で、主の言葉を聞いた事
でそのように出来ただろうか。すると、いるはずの無い魚がいて、
驚くばかりの大漁だった。

仲間の舟に助けを頼み、双方が沈みそうなほど満杯になった。ペテ
ロは奇跡を目の当たりにし、聖い畏れに襲われ、主の足もとにひれ
伏した。そして自分から離れるように願った。罪深い者だと。主は
そのペテロを召され、「これから後、あなたは人間をとるようにな
る」と。

もしペテロが、主の言葉に対し、魚がいるはずが無いし、疲れてい
ると断ったらどうだろう。沢山の人々が、御言葉と、目に見える所
が相反するが、御言葉に従った時に、主のみわざを見て来た。「そ
のとおりにすると」がカギだ。見た目、常識、経験値に合わずとも、
御言葉の方に従えるよう祈ろう。
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あるはずがないと思っていたことが主によって成される。主に従う
ときに、何度も経験する。主の邪魔をしないで良かったと、その度
に謙遜にさせられる。素直に御言葉に従っていこう。