2009年04月22日(水)

「わたしの栄光・・を見ながら、このように十度もわたしを試みて聞き従わなかった者たちは・・先祖たちに誓った地を見ることがない」民数記14:32


ヨシュアとカレブ以外の民たちは、斥候の言い分を信じ、不信仰に陥った。民はみな巨人であり、自分たちはいなごのように見えた。自分たちは攻め上れない。

あの民は自分たちよりも強いからと。民たちは大声で叫び、泣き明かし、エジプトの方が良かった、エジプトへ帰ろうと言い出した。

ヨシュアとカレブは信仰に立ち、上って行こう、彼らは自分たちのえじきとなると言った。乳と蜜の流れる地カナンは、神の約束の地だ。今、目の前にある。神は約束を成就して下さる。

それは必ず与えられる。それを受け取るのに必要なものは「信仰」だけだ。
しかし、自らの不信仰が門を閉じてしまった。向きを変えて荒野へ出発することになり、結局、ヨシュアとカレブ以外は約束の地に入ることができなかった。

神は与えていて下さる。だのに、受け取る事ができなかった。巨人がいたからではない。自分たちがいなごのようであったからではない。「信仰」が無かったからだ。

私たちも、目の前に巨人がいるだろうか。恐れさせ、落胆させ、気力をくじく巨人だろうか。
この不信仰ゆえに賜物を受け取れなかった民を思い出し「ぜひとも、上って行って占領しよう。

「必ずできるから」と信仰を献げて前進しよう。主を信じて、約束のものを受け取ろう。
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神様に頼ることが一番確かなのに、恐れや不安に襲われた時、それ以外のものに頼ってしまう。
経験や、知恵や人の言葉、それらが御約束の言葉より大きくなっていないだろうか。御言葉に、信仰に立とう。