2010年04月25日(日)

「それを聞いて、ヘロデ王は恐れ惑った。エルサレム中の人も王と同様であった」マタイ2:3

東方の博士たちが、エルサレムに到着した。ユダヤ人の王の誕生を聞き、ヘロデ
王、エルサレムの人々が、不安に襲われた。

ユダヤ人の王が現れたなどと、ヘロデは自分の地位が脅かされ、危うくなる。非
常な恐怖であった。「来て欲しくない」拒否反応、来られては困る。
これまでも、身を守るために、疑心暗鬼で、暗殺や処刑の、粛清を繰り返して来
たヘロデは、後に博士達に騙されたと知ると、二才以下の男児をすべて殺させた。
徹底的に保身を図った。

エルサレム中の人々も、ローマの支配下で、一応の情勢や生活が安定していた。
今、何かが起こり、混乱し、情勢が変わり、生活が脅かされるのは困る。自分達
に関わらないで欲しい。安定を乱さないで欲しい。「今、来られては困る」。

東方の博士達は、遠方から命の危険をも賭して、幼子を礼拝しにやって来た。当
時の旅は命がけだ。
羊飼い達は、御使いから救い主誕生の知らせを聞き、すぐに急いで、飼い葉おけ
に眠るみどりごを捜し当てた。彼らは神をあがめ、賛美して、喜びに満たされた。
祭司長たちは、救い主の誕生を聞いても、行きもしなかった。

私たちはどうだろう。信仰はするが、そこそこで、が本音だろうか。心の幾つか
の部屋の鍵は、決して渡せないと思っているだろうか。ここだけは自分の思い通
りにしたい、関わらないで欲しい。入って欲しくない。主を締め出してしまって
いるかも知れない。
部屋の鍵を一つづつ渡して行く度に、今まで知らなかった御霊の喜びが満ちて行
く。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
肉が願うのは、何でもいい、とにかく平穏無事である事だ。問題が無いこと、
悩みが無いことが善であり、それが幸せだ。自分は変わりたくない、何も乱され
たくない。主は目と耳を閉じた偽りの平和でなく、真の平安と真の御霊の喜びを
与えて下さる。心が自由に自由にされて行く。