2010年10月26日(火)

「しかし、人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれるのです」Uコリント3:16


神がもうひとつよくわからない、何かが足らない、内に満ちていない、神を信じているはずなのに、心は虚しい。何か喜びがない、平安もよくわからない。心に「おおい」がかかっている。何だか神がよく見えない。何か心に薄い幕がかかっていて、神と自分の間をさえぎっているように感じる。

そのおおいは、「主に向く」時に、取り除かれる。「おおい」とは何だろう。エバがエデンの園で、蛇の誘惑を受けた時、神を捨て、自分が神となり、自分の力と判断と知恵で生きて行く事を選んだ。神中心でなく、その「自分中心」がおおいとなって妨げて、神が見えない。自分のために、自分の力で、自分の思い
通りに生きて行こうとする途端に、神が見えなくなる。

又、状況や、目に見える所だけを見ている時、状況がおおいとなって、神が見えない。主を見るためにも、自らの心のおおいを知るためにも、御霊の助けが必要だ。自分ではどうにも出来ない。まず、主に向けるよう、御霊の助けを求めて祈ろう。御霊は妨げているものを明らかにし、示して下さる。

自分自身が心の王座に座り、自己中心が神を見えなくしているのか、状況に飲み込まれて、神が見えないのか。あなたも、心に幕がかかっているように感じるなら、まずその事を祈ろう。主を呼ぶことから始まる。その心はすでに主に向いている。御霊が助け導いて下さる。
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確信もなくぼんやりしたままなら、そのままにせず主に祈ろう。自分にとらわれ、はっきりと主が見えていないとの気づきは感謝だ。主に向くなら主との正しい関係だ。主の十字架の恵みを見上げていよう。