2011年03月26日(土)

「ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう」Uコリント12:9


時々「どうせ私なんて」と否定的な人がいる。しかし、自分の欠点をちゃんと認
めているのではない。その証拠に、他人から「そうですね」などと言われようも
のなら大変だ。「自分なんてダメで」と言いつつ、本当は「自分は出来るのに、
自分を認めない周囲が悪い」と思っていたりする。

その歪みが対人関係をギクシャクさせ、周囲を退かせてしまう。人は欠点や不足
ゆえに不幸なのではない。それは誰にでもある。誰しも欠点だらけだ。その欠点
を認めない事が問題だ。プライドゆえ、余りにも痛くて認められない。だから、
弱みを決して人に見せたくない。

認めたくないので弱さを隠し、自分も無視する。認めない事、向き合わない事で、
ますます自分が辛くなる。無視しても事実は何も変わらない。欲求不満と苦しみ
が増すばかりだ。

まず、現実を認めることから始まる。自分の弱さを認めることが始まりだ。アル
コール依存症が治って行くのは、自分はアルコール依存症だと、正面から認めた
人々だと言われている。逃げたり、ごまかしていては何も変わらないし、始まら
ない。

認めて、受け入れた時、解決へと導かれる。解放され、自由にされ、これまで決
して見えなかった主の祝福が見えて来る。まず、そう出来ない事を主に告げて、
主の助けを求めて祈ろう。

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この世の価値観が能力のある事、強い事が善であるので、弱さは負でありマイナ
スだ。だから、肉は認めたくない。弱さを隠して強くあろうとする。しかし、主
は弱いままで良いと言われる。何という安堵だろう。このまま主のもとへ行こう。