2012年01月26日(木)

「もし、ご主人さまがサマリヤにいる預言者のところに行かれたら、きっとあの方がご主人さまのらい病を直してくださるでしょうに」U列王5:3  

               

引き続き、ナアマンから学ぶに、他人の言葉に聞く耳をもつことの大切さだ。この時、ナアマンが、妻に告げたという召し使いの少女の言う事に、耳を傾けなかったらどうだろう。その後の、らい病からの全き癒し、そして、イスラエルの神が、まことの神であることを知る事もなかった。

又、エリシャの態度に怒って帰ろうとした時、しもべの進言を受け入れなかったらどうだったろう。やはり、癒される事は無かった。妻の言う事を聞かない夫、召使いやしもべの言う事など全く聞かない上司なら、奇跡を見る事はなかった。自分はわかっているとの高ぶった態度でなく、へりくだって、プライドを捨てて周囲に聞くことの大切さを教えられる。そこから神の祝福が流れ入る。

又、捕虜の少女はどうだろう。敵国に捕虜になっているのであり、その敵を憎むのではなく、主人に神を示し、救われる道を提示した。その主への愛と忠実は、ナアマンに、まことの神を知らせるために用いられた。又、私達には、らい病では無いが、妬み、プライド、貪欲、憎しみ・・罪や様々な病がある。

私たちには、ヨルダン川へ行く必要がなく、主の十字架の血潮がある。いつでもどんな時にも血潮によって、赦されきよめられる。らい病が消え、完全に癒されたように、主の血潮は罪を消し、癒しを与える。へりくだって主に拠り頼もう。
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主の福音を伝える態度を学ばされる。どうか主のもとに行き救われて欲しいと思うが、虚しい返事が帰ってくる場合も多い。先に救われた者としてへりくだり喜びと感謝を証できるよう続けて祈っていきたい。