2013年07月26日(金)

「主は大きな魚を備えて、ヨナをのみこませた。ヨナは三日三晩、魚の腹の中にいた」ヨナ1:17


ヨナは、ニネベへ行けとの神の命令に従うのが嫌で、反対方向のタルシシへ向かった。神の御顔を避けたのだ。すると、神は大嵐を起こされた。自分のせいだとわかっているヨナは、嵐を静めるために、自分を海に投げ入れるようにと言う。海に放り出されたヨナを、神は大きな魚に飲み込ませられた。ヨナは魚の腹の中で祈り、悔い改めた。

悔い改めは方向転換だ。思考が変わり、行動が変わる事だ。魚から出されたヨナは、今度は神の命令に従った。ニネベへ行き、言われた通りに神の言葉を伝えると、人々は悔い改めた。それで神は災いを思い直された。しかしヨナは面白くない。すねて、怒り、神に不満をぶつける。ヨナの思いでは、神は味方を守り、敵は滅ぼすべきだ。そうしない神に不満で一杯だ。私達も、自分の思いが強い時、神が自分の思うように動かれないと、いら立ち、不平不満、不信感が募る。しかし、それはあくまでも、自分の思いの神だ。実際の神とは違う。自分の思い通りの神像を造り上げている。

しかし、神は、そんな、だだっ子のようなヨナをなだめ、どこまでも忍耐深い。お前のような預言者はだめだ、とは言われずに、ヨナの気持ちを受け止め、とうごままで備え、忍耐し愛をもって教え導かれる。ヨナと同様、私達の気持ちも受け止め、愛し、導いて下さる。不満も怒りも何もかも、まず神に告げよう。今、不満や怒りがあるだろうか。ことごとく主に打ち明けよう。
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右往左往するヨナに慰められる。すぐに動揺しペースを乱されてしまう弱い者だが常に側に神様はいて下さり、とうごまの葉を傾けて慰め回復させて下さる。