2015年07月26日(日) 「・・私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保 ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます」Tヨハ ネ1:7
「・・私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保 ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます」Tヨハ ネ1:7
登山をする時に、山中で道に迷った時には、間違った場所にまで一 旦戻る事だと言われている。それを、せっかく進んだのに引き返す のは惜しいと、どんどん進んだり、あちこち道を探し回ると、更に 奥深く迷い込み、身の危険を招いてしまう。 霊的生活においても同様だ。毎日の生活で、些細な事でつまづきが ある。対人関係で、ついカッとなり、ひどい言葉が出たり、悪い態 度をしてしまったり、家族に辛く当たったり、つい嘘をついてしま ったり・・その時に、それをそのままにすると、罪の方向に向かって しまう。 落ち込みや自己憐憫、自己嫌悪の間違った方向へ向かい、又、心が 固くなり、拒否や怒りや頑なな心に支配されて行く。「すぐに」 「その場で」悔い改めることだ。そのまま進むのではなく、間違っ た地点にまで、すぐに引き返そう。悔い改めるなら、主はいつでも 豊かに赦して下さり、憐れんで下さる。 悔い改めによって、いつでもどんな時でもやり直せる。主の血潮の ゆえに、罪をきれいにぬぐい去って下さる。何と言う恵みだろう。 道を間違ったなら、そのまま進まず、すぐに方向変換しよう。あな たも今、平安を失っているだろうか。心にとがめがあるなら、今す ぐその場で神に立ち返ろう。悔い改めて元の場所に引き返そう、喜 びと平安が戻る。そしてそこから前進して行ける。 ・・・・・・・・・・・・ 罪を悔い改めない時、罪に罪を重ねて行ってしまう。ダビデが姦淫 に殺人を重ねたように。何度でも、悔い改める度に赦して下さる。 「もはや彼らの罪を思い出さない」と。失敗するが、赦されて、赦 されて歩んで行ける。