2017年02月23日(木)

「主よ。今、私は何を待ち望みましょう。私の望み、それはあなたです」詩篇39:7


ダビデは、苦しみの中で「なぜ、どうして、こんな目に会うのか」
との思いでいっぱいだった。しかし、舌で罪を犯さないように、口
に口輪をはめた。だが、黙っていると、痛みは激しくなって、爆発
しそうだった。そこで自分の舌で、人にでなく、神に思いを吐き出
した。気持ちの洗いざらいを告げた。

人生は、いかにはかなくて、虚しいかと。どんなに盛んであっても、
全く虚しいと。そんな虚しい人生で、何を待ち望み、何を望めばよ
いのか。そして祈りの中で、見上げた時に、神を見い出した。「主
よ。私は何を待ち望みましょう。私の望み、それはあなたです」と。
そして、ことごとくを祈りに持って行った後、「私は黙し、口を開
きません」と言っている。

それは罪を犯すから、口を開かないのでなく、「あなたがそうなさ
ったからです」と、信仰に立っている。すべてに神の主権を認め、
神のご計画がある事を認め、それを受け入れている。人から受ける
苦しみも、信仰によって、神からのものと受け止めている。苦しみ
の中にも、そこに神を認める時に、「あなたのむち」「あなたの手
に打たれ」と、神を見い出して行く。

するとそこには意味があり、むちも、打たれる事も、豊かな祝福へ
と導かれて行く。今、起きている事を「あなたがそうなさった」と
受け止めて行こう。その時、「私の望み、それはあなたです」と主
に向かって行ける。そして祝福を見い出す。
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失敗の時も窮地の時もどんな時にも心から祈り、祈った後は主がさ
れることに信頼してダビデのように晴れ晴れとしていたい。一つ一
つが訓練に、また神を知る時としていきたい。