2017年04月25日(火)

「私の助けは、天地を造られた主から来る」詩篇121:2


「私への助けは、一体どこから来るのか」と言っている。そもそも
助けが来るのだろうか。この箇所は、都上りの歌となっていて、エ
ルサレムへ巡礼の旅に出る時のものだ。至難の旅だ。山がそびえて
いて、その山に向かって目を上げる。これから上って行く、困難な
山々だ。エルサレムは遙か彼方であり、山々が行く手を阻んでいる
かに見える。

当時の人々の旅は、今では想像もできないほど骨の折れる、危険な
ものであった。今のように、ちょっと都へというわけに行かない。
途中で病気にでもなれば命にかかわる。又、身にどんな危険がある
やも知れず、無事に帰れるかどうかもわからない。そのような中で
何が助けになるのか。

エルサレムへの都上りは、膨大な困難を前に「私の助けはどこから
?」との問いになり「私の助けは、天地を造られた主から来る」と
答えが来る。計り知れない困難はあるが、その山を造られたのは主
だ。すべての状況も主が御手で治めておられる。「助けは主から来
る」私たちも今、行く手を阻む困難の山々があるだろうか。

又、不意のアクシデントがある。突然の病気、けが、経済的困窮、
対人関係の苦しみ、又、誰にも言えない悩み・・まさに「私の助け
はどこから?」。明確な答えがある。「天地を造られた主から来る」
。主からの愛と配慮、助けが臨む。目の前の事態を祈ろう。どう助
けが来るのか、主に期待し、楽しみに待とう。
--------------
私への助けはどこから来るのか。天までの旅の途上を守り導くお方は
唯一、神お一人だ。辛い日々も神は共におられ、やがて一日一日と過
ぎ去り全ては益となる。その希望に立って明日を待とう。