2022年01月26日(水)

「彼らは、わたしが彼らの神、主であり、彼らの間に住むために、 彼らをエジプトの地から連れ出した者であることを知るようになる。 わたしは彼らの神、主である」出エジプト29:46


出エジプト記は、ヨセフを知らない新しい王が、民を苦しめるとこ
ろから始まる。民は苦役にうめき、叫び、その苦しみの叫びは神に
届く。そして記事の最後は「主の栄光が幕屋に満ちた」と終わって
いる。主は幕屋を作るように命じられた。

「わたしのために聖所を造るなら、わたしは彼らの中に住む」と。
それはアロンとアロンの子たちを祭司として任命し、聖別し、その
所で、罪のための全焼のいけにえを献げさせるためであった。律法
を与えると同時に、律法が示す罪への解決、罪のための贖いが備え
られた。そして幕屋は、彼らの間に住むために与えられたと。

主が、民の間に住むことが、民をエジプトから出された目的だと言
っている。「彼らの間に住むために、彼らをエジプトの地から連れ
出した者であることを知る」と。苦しみのエジプトから出されたの
は、主が民と共に住むためであった。新約では「ことばは人となっ
て、私たちの間に住まわれた」そして「この方の栄光を見た」と。

また「わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとど
まります」、「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝」と。「と
どまる」とは「住む」意味で、主と一つであると。そして新天新地
で「見よ。神の幕屋が人とともにある。

神は彼らとともに住み、彼らはその民となる」と。苦役の奴隷であ
った民、罪の奴隷であった私たちが救い出されて、主が住まわれ
る。
常に主と共にあるとは、何という光栄、喜びだろう。
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努力してつかむのではなく、主が私たちの心の中に降りて来てくだ
さり住んでおられる。なんと感謝なことだろう。どんな環境でも、
いつも主と交わり主の臨在を感じて生きていける。