2022年03月26日(土)

「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれに でも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。 そうすればきっと与えられます」ヤコブ1:5


私たちが常に求めるべきは、「神の知恵」である。「知恵の欠けた
人は、惜しげなく、とがめることなく与えて下さる主に願え」と。
特に、試練の時に必要なものは、神の知恵だ。試練の時には、この
試みにどう対応すればよいのか、この試練をどう捕らえればよいの
か、どう考えればよいのか、ここが大切だ。

ここで、まず主に祈り、知恵を求める事が一番重要だ。しかしどう
だろう。しばしばこの所で失敗してしまう。主が飛んでしまい、試
練に向かうのに、世の価値観、自分の思い、これまでの経験値で事
に当たってしまう。それが深く身について、培われているので、自
然にしていると、肉はそのように動いてしまう。

すると主の御心と反対方向へ向かってしまい、全く損なわれてしま
う。どうしてよいかわからず、しかし自分の肩にすべてがかかり、
苦しくてたまらない。落ち込むばかりだ。そして決して実を結ぶ事
が出来ない。特に困難や問題に当たる時、主は知恵を与えて下さる。
どうしてよいかを教えて下さる。そのためまず祈り求めよと。

問題が起きて、不安と恐れに襲われると、真っ暗になり、パニック
になってしまう。しかし主の知恵は、「立ち返って」「静かにせ
よ」「主を信頼せよ」「そうするなら救われ」「力を得る」と。ま
ず主に祈る時、視点が主にあり、この世の価値観でなく、御言葉の
価値観に立つ事になる。そして御言葉に従う時に、事態が確かに導
かれて行く。

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試練の時に、大切な事が、この試練を通して何を教えて下さってい
るのか、主からのメッセージは何かということだ。惜しげなく教え
て下さるので、主に願おう。試練は痛いが、主のお心に触れ、知れ
る時、慰めと主の平安を経験する。