2023年11月25日(土)

「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」マタイ14:27


信仰人生の中で、誰しも学ぶ事がある。それは、人生は決して自
分の思い通りではないという事だ。ほとんど思い通りにならないと
言っても過言ではない。しかし、信仰人生で大切な事は、思い通
りに行く事、何事もうまく行く事ではない。そうではなく、人生に突
如の事態が起きても、何がどうなったとしても、外側に嵐が吹き
荒れる時も、心の深いところで「大丈夫」と思える安心感、信頼
感ではないだろうか。

「永遠の腕が下に」申命33:27「その人は倒れてもまっさかさまに
倒されはしない。主がその手をささえておられるからだ」詩篇 37:
24そして万事益とされるお方が、「世の終わりまでいつも共に」い
て下さる。一つも例外なく「万事」だ。今のあなたの思い煩い、不
安も含まれる。私達の身に起きる一つ〃の事に、主の目的があ
り意図がありご計画がある。

何が起きても、「愛なる主が、常に共におられ、私の生涯を確か
なご計画をもって、導いて下さっている」との大きな安心感がある。
わけのわからない運命に、ほんろうされているのでは無い。愛の
主の御手の中にあり、主が人生を支えて下さっているとは、何と
平安な事だろう。

ヨセフは全く思い通りでない、理不尽な、波瀾万丈の人生であっ
た。しかし状況でなく、その中に主を見て、信仰によって歩み続
けた。だから人の悪意さえ、主が良い事のための計らいとされ
たと告白できた。ヨセフにとって最大の力と恵みは「いつも主が
共におられた」事だった。

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信仰生活が長くなるほどに、自分の思い通りにはならないと学
ばされる。想定外の事が次々と起きる。が、必ず乗り越えて行
けて、主を知る事の更なる恵みを経験して行く。試練自体より
も、恐れに飲み込まれるので、必ず御声を聞き、祈ろう。