2025年01月26日(日) 「主を恐れる者たちよ。主に信頼せよ。この方こそ、彼らの助け、 また盾である」詩篇115:11
「主を恐れる者たちよ。主に信頼せよ。この方こそ、彼らの助け、 また盾である」詩篇115:11
仲良しの友人がいるだろうか。もし、食事の待ち合わせをして、相 手が遅れている場合はどうだろう。何かすぐに連絡できない、急な 事が生じたと思うだろうか。又は、もしや事故にでも?と心配する かもしれない。その時に、相手に裏切られた、捨てられた、もう愛 されていないと思うのだろうか。人間相手ですら思わないのに、まし てや極みまで愛して下さっている、主に対してはどうだろう。 祈りの答えが遅れている時、物事が自分の思い通りにならない時、 すぐに主の愛を疑い、真実を疑い、不信仰に陥ってしまうだろうか。 ある男性が経済的苦境にあった。支払い期日が迫り、どうにもなら ず。祈ると「栄光の富をもって必要をすべて満たす」と言われた。 だが、心は騒ぎ、不安で不安でたまらない。 その時、親友から電話で、突然の収入があり、役立てて欲しい。振 り込んだからと。もう天にも上る心地で、喜び満ち、感謝した。する と御霊の声が。「なぜ不安が消えた?」「え!振り込んでくれたので」 「それは見たのか?」「いいえ、まだ。でも友人が言ったので」「主も満 たすと言われたね」。 友人の言葉は信じ、主の言葉は信じられなかった自分に気づかさ れた。心から悔い改めた。信じる者に、主を信頼して行く者に変え られて行きたいと祈った。そして友人を通して、主がすべての必要 を満たして下さったことに、心から感謝した。 ・・・・・・・・・・・・・・ 目に見える人は信じれて、目に見えない神は難しいだろうか。「信 じます。不信仰な私をお助けください。」と、叫んだ父親のように、 不信仰な私を助けて頂きたい。主は助けて下さる。まず、信じよう との意志を向けて行こう。御霊がそこに働いて下さる。