2025年07月26日(土)

「まことに、あなたがたに告げます。わたしはイスラエルの うちのだれにも、このような信仰は見たことがりません」マタ イ8:10



百人隊長が、主のもとに中風のしもべのいやしを求めて来
た。隊長は異邦人で、当時しもべは奴隷であり、奴隷のた
めに愛を持って心を砕く、神を畏れる人物だった。家に来て
もらう資格は無いと、御言葉を求めた。へりくだっていて、そ
して何より神の言葉は成就すると信じきっていた。主は、彼
の信仰に驚かれた。

感心され、このような信仰を見たことがないと。主が驚かれ
たのは「信仰」だ。善行ではない。彼も権威の下にあり、権
威が理解できた。警官は交通整理で車を誘導し、制止し、
動かす。交通違反すると切符を切られる。運転者はそれに
従う。それは、警官に権威が与えられているからだ。軍隊の
上官の命令は絶対的だが、百人隊長は、更に最たる神の
権威を認め、その神の言葉の権威を認めた。

主は「あなたの信じたとおりになるように」と。丁度その時に、
しもべはいやされた。全能の神の語られる言葉には、力と
権威がある。霊でありいのちだ。神の言葉は、その通りに
成就する。私たちは、その御言葉に対してどうだろう。その
権威と力のある言葉を、どう聞いているだろう。

ぼんやりだろうか。聞き流し、すぐに忘れてしまうだろうか。聞
き方はどうだろう。真剣に主に向き合っている事は、御言葉
に従うか、どうかでわかる。主に従おうとする人は、御言葉に
従って行く。難しければ、そうできるよう求めよう。その祈りは
聞かれて、導かれて行く。

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「おことばをいただかせてください」しもべのために、真剣に、
全身全霊で、主に求めた。御言葉を頂けたなら、成就する事
を信じていたから。真剣に御言葉を求めて行けるよう、御霊
の助けを祈ろう。