2026年07月26日(日)

「翌朝早く、アブラハムはろばに鞍をつけ、ふたり の若い者と息子イサクとをいっしょに連れて行っ た。」創世記22:3



アブラハムは、主から全焼のいけにえとして、イ
サクをささげるように言われた。彼にとり、イサク
は、目に入れても痛くない大切な宝だ。「あなたの
子」とあり、自分の実子、「あなたの愛しているひ
とり子イサク」と続く。心底愛する子、ひとり子で
あるので後継者だ。主の祝福を受け継ぐ子であ
り、イサクにより、祝福が全世界に拡がって行く、
この上なく大切な約束の子だ。

そのイサクを全焼のいけにえとして献げよと。で
は、子孫の約束はどうなるのか。その日、突然の
主の命令だった。アブラハムへの試練だと言わ
れ、信仰人生、最終章の、どんなに厳しい試み
だったろう。しかしこの厳しい試練に、アブラハム
は従った。主ご自身が、全焼のいけにえを備え
て下さると信じた。

又、もし、いけにえとして、ほふったとしても、主は
イサクをよみがえらせて下さると信じた。モリヤの
地まで3日かかる。命令を受けて、翌朝早く出た。
つまり。彼は従う事を決心した。現地に近づいた
時、若い者達に、そこで待つようにと言った。「私
と子どもとは、礼拝をして戻って来る」と。戻って来
ると言い、アブラハムの信仰だった。

彼も人間で、何度も失敗した。が、主に従い続け、
信頼関係が、培われて行った。試練は苦しく辛い。
とても自分には無理だと思う。しかし自分の力で
ない、主のみわざであり、信仰も主から来る。試
練を通して、一段階成長させて下さり、苦しい試
練の度に、主との信頼関係が強められて行く。
主との個人的関係が深められ、絆が強められて
行く。

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「試練に会わせられた」と、はっきりあり、時に厳
しい試練が臨む。しかし後に試練により何にも代
えられない、大きな学びを得る。主を知って行く。
試練の時は、祈って、祈ろう。