2026年03月21日(土)

「その人は、水のほとりに植わった木のように、流れのほ とりに根を伸ばし暑さが来ても暑さを知らず・・いつまでも 実をみのらせる」エレミヤ17:8


川のそばに木が植わっている。木は何もしないで、そこに
植わっている。木は、そこに立っているだけだ。しかし、瑞
々しく葉は茂り、決して枯れない。そして、そこで豊かな実
を結ぶ。木は、あちこちと忙しく動き回るわけでなく、何か
を頑張るわけでもない。だが、フレッシュで生き生きと、生
命力に溢れ、葉は生い茂り、実がなる。

水路のそばのため、絶えず水分が流れ来るからだ。それは
決して滞る事がない。実がなるのは、水路からの水分による
事だ。私たちも実がなるのは、自分で実をつけようと頑張る
のでなく、ただ、主にとどまり続ける事によってだ。又、木は
自分で動く事も、環境を変える事も出来ない。そこで、置かれ
た場所で実を結ぶ。私たちも、変えられないものを、受け入
れて行く事を学ばされる。

今、あらがっているだろうか。それは諦めという意味ではない。
私たちは、偶然、たまたまそこにいるのではなく、運にほんろ
うされているのではない。主から与えられたものとして、受け
取り直すのだ。それは信仰だ。今、置かれた場所で、必ず豊
かな実を結ぶ。

あなたは、変える事のできないものを、くよくよといつまでも思
い煩い、受け入れられずに悶々としているだろうか。それなら
大切な一生を、無益な思い煩いで、棒に振ってしまう事になる。
主から与えられた場、遣わされた場で、忠実に従うなら、必ず
豊かな実を結ぶ。変えられないものを、受け入れられるよう祈
ろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
主と交わろう。いつも水分を豊かに吸い上げ、心が生き生きと、
潤っていたらどんなに幸いだろう。主の置かれた場にとどまり、
主を仰ぎ、主に従って歩もう。豊かな実を結ばせて下さる。