2009年05月25日(月) 「いや、わたしは主の軍の将として、今、来たのだ」ヨシュア5:14
「いや、わたしは主の軍の将として、今、来たのだ」ヨシュア5:14
ヨシュアは偉大な大指導者モーセの後を引き継いで、リーダーとなりカナンに入 った。 今やモーセはいない。自らがモーセに代わり、エリコ陥落に向けて、民を率いて 戦いが始まる。ヨシュアにとって、非常なるプレッシャーと多大なる不安、恐れ、 心配の中にいた事だろう。 その時に一人の人が抜き身の剣を持って立った。思わずヨシュアは「私の敵か、 味方か!」と問うた。自分を助けてくれるのか、それとも立ち向かい、攻撃して 来るのか。 その人は敵とも味方とも言わず「主の軍の将」だと言った。敵でも味方でもなく、 将だと。自分というものが根深くある私達は、いつも自分を中心に考えてしまう。 「自分の」敵なのか、味方なのか。 信仰生活にしても同様だ。私の信仰・・私の霊的生活・・私の霊性・・。底が厳 然と「私」なのだ。持って生まれた肉の性質だ。 しかし、そうではなく、主が将であり、主がリーダーであり、その主の戦いを助 けるのがヨシュアであり、私という事だ。「私のための神」「私の」ではなく、 まず初めに「神が」おられ、「神のための私」だ。 主が将でなく、自分が将となるゆえに、あらゆる思い煩いと不安、落ち込みに襲 われる。すべてが自分の肩にかかって来るからだ。主が将となり、あなたの家庭、 仕事、信仰を、今の重荷を導かれる。 今必要なのは、主をあなたの将とする事ではないか。 ・・・・・・・・・・・・・・ 自分のために、神があるのではなく、神のために自分がある。自分が神に何を求 めるかでなく、神は私に何を求めておられるのか、そこに視点を変えてみよう。