2015年06月24日(水)

「憤りは残忍で、怒りはあふれ出る。しかし、ねたみの前にはだれが立ちはだかることができよう」箴言27:4



ある人が職場で、何を言っても反対される、そんな相手がいた。と
にかく意見を言っても、提案をしても、ことごとく反対された。又、
その反対にいつも最もらしい理由をつけて来るので、周囲もその方
向に流れてしまう。余りにも敵対されるので、悩んで、とうとう体
調を崩してしまった。祈りに持って行こうと、主に、辛さ、苦しみ、
相手への思い、心の内の何もかもを告げた。

祈りを積む中で、色々考え、相手から妬まれている事に思いが至っ
た。仕事が上司に評価され、周囲から認められ、又、可愛がられて
いる自分が、嫌で仕方無かったのだろうと。それがわかった時、自
分も人を妬む者であり、相手の気持ちもわかり、今までと違って冷
静に対応できるようになった。

妬みは誰の心にも根深く巣くう罪と言われている。妬みに支配され
てしまうと、人を愛せなくなってしまう。自分はどうだろう。自分
でも気づかずに、きつい態度や冷淡な言動をしてしまう底に、妬み
があるものだ。何かざらつくものを感じるはずだ。「妬みや敵対心
のあるところには、秩序の乱れや、邪悪な行ない」がある。

「苦い根が芽を出して悩ま」すことのないように、苦い根を引き抜
いてしまう事が大切だ。それには、逃げず避けず、言い訳せずに、
妬みを認めて、悔い改めることだ。主は私たちの心を変えて、愛を
与えることができる。妬みを愛に変えて下さる。奇跡をされる。
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怒りにはそれなりの理由があるが、人の成功や人の幸せに起因する
妬みは、陰険で解決がない。自分の内に妬みが起こるとき、一刻も
早く主に持っていき、引き抜いてしまおう。